【小説】ねこミミ☆ガンダム 第3話 その3ネコミミ先生と戦った翌日―― 今日は夏休み中の登校日だ。 街には朝から痛いほどの日差しが照りつける。 英代は、住宅街の細い川にかかる橋のたもとに来た。 時間どおり、均と裕子が待っていた。 「裕子! 来れたんだ! よかったぁ……」 裕子といっしょに登校するのはひさしぶりだった。 「ごめん。心配させちゃったね」 「いいって。大丈夫? メディアのバッシングとか……」 「だいぶ大人しくなったから。英代こそ大変だったじゃん」 「私は馴れてるから。とにかくよかった。また、みんなで学校に行ける。均も大変だったよね」 「まあな」 裕子はいった。 「均くんは人気者になれたんじゃないの?」 「そんなことないって!」均は声をあげた。「家まで追いかけ回されて、大変だったんだから!!」 英代と裕子はそろって笑った。 3人は歩きながらおしゃべりした。 「裕子、期末テストできなかったね」 「ネコミミ先生が家に来てくれて、できたんだ」 「そっか。最近、塾に行ってるんでしょ?」 「そう! すごいんだよ、ドラゴン・ピーチ先生の塾!!」 裕子は興奮したように話し出した。 「進学塾っていうから、むずかしいと思ったんだけどさ、すごいわかりやすく教えてくれるんだ。何より、やる気を出させてくれるのがいいんだ」 「へぇー。私も行ってみたいな」 「俺も」 「来たらいいよ! 今、人気が出ちゃって倍率が厳しいけど、何度も申し込めば絶対いけるよ!」 久しぶりに見る明るい表情で裕子はいった。本当に塾の勉強にやりがいを感じているようだった。 3人は学校の正門についた。 門は閉じられている。 何人かの生徒が張り出されている紙を見て、頭をひねっては帰っていった。 英代たちも張り紙を見た。 〈廃校のお知らせ〉 ネコミミ先生のいった通りだった。 開校から260年。雲ヶ丘中学校は、そのムダに長い歴史に、ひっそりと幕を下ろしていた。 〈雲ヶ丘中学校校歌〉 この坂の上には 何がある 希望に満ちた 大地と海と 目指せ 我らが新天地 あぁ 雲ヶ丘 永久(とわ)に栄えよ あぁ 雲ヶ丘 永久(とわ)に栄えよ 「ちょっとぉ! これ何よっ!?」 おどろく裕子に、英代はいった。 「私も昨日、ネコミミ先生から聞いたのよ。まちがいか、冗談と思ったんだけど……」 「うっそー……。どうすんの、これから……」 ――おーい! 後ろから、松坂久恵と三井百合がやってきた。 久恵は、息をあげながらいった。 「ねえ! 今、新田から聞いたんだけど、学校がなくなったって!?」 百合が張り紙を見ていった。 「あー、廃校だって……」 「突然にもほどがある!」 「ネコミミ女王のいやがらせかも……」英代はいった。「私や均が通ってる学校だから……」 「ひどい!」 「ごめん。私のせいで、みんなにまで迷惑かけちゃって……」 「英代は悪くないよ」裕子がいった。「私こそ、ネコミミ女王の口車にのって、あんなマシンドールなんかで戦っちゃってさ……」 「気にしちゃダメ!」久恵がいった。「悪いのは全部、女王なんだから! 気にしたら、それこそ相手の思うつぼだよ!!」 「そうそう」百合が応じた。 「みんな、ありがとう……!」 英代たちは、学校の近くにあるファストフード店〈マックロ・ドナルド〉に向かった。店で涼みながら、これからのことを話し合うことにした。 黒で統一されたシックな店内は涼しかった。肌がこげるような外とは別世界だ。 それぞれ注文したメニューを受け取ると、トレーをもって窓際の席に着いた。 大型スーパーの2階にある店内は、いつも多くの客でにぎわっている。が、さすがに平日の朝は人もまばらだった。 「まったく! ゆるせないよ!」久恵は、額に汗しながらマックシェイクを吸い込んだ。「私たちの学校をつぶして、何を得するっての!? 絶対にいやがらせじゃない!!」 「夏休み中だったのが、不幸中の幸い……」百合はアイスコーヒーを一口飲んだ。 「これからどうしたらいいのかな……。私は、塾の先生とも相談してみるけど」裕子がゼロカロリーコーラを飲みながらいった。 「今さら違う学校なんて行きたくないよな」 均がオレンジジュースとチョコパイを手にいった。 ちなみに、均は、女の子の集まりに何の違和感もなくとけ込むことが特技だった。 「ほんと。廃校なんて大事なこと、もっとはやく知らせてほしかった」英代はマックソフトをほおばった。150円で買えて、おいしかった。「均は聞いてたんでしょ?」 「うん。みんなも知ってるかと思った」 「先生は連絡網で伝えたって」 「連絡網なんて、今どき使ってる!?」久恵が声をあげた。 「欠陥システムでしょ……」と、百合。 「ネコミミ先生も、どっか抜けてるよね。そんな大事なこと」裕子がいった。 「まあ、悪いのはネコミミ女王よ」英代は、おかわりのソフトをほおばりながらいった。 均がうなずいた。「そうそう。これからのことを話し合わないとな」 久恵が不満げにいった。「いやよねえ。今さら学校が変わるなんて」 「うんうん」 「断固抗議しよう!!」 「あっ……!」 不意に百合が声をあげた。普段はおっとりを通り越してぼんやりしている百合が、突然、何かを見つけたような顔をしている。みんなが注目するなか、百合はいった。 「戸塚がいない……。見た?」 クラスの女子の名だ。 「見てないけど」久恵がこたえた。「連絡きたんじゃない? なら、わざわざ学校に来ないよ」 「さっき、新田にあったでしょ」 「あった。学校から戻ってきたところで、廃校したことを知らせてもらったじゃない」 「たちつてと、なに……。並木くんまでは連絡が来たんだ……」 「均まで? それがどうしたの?」英代は、おかわりしてきたソフトをほおばった。 「連絡網は、あいうえお順でしょ。連絡は並木くんまで行って、次の新田には届いていなかった……」 「それって……」久恵がきいた。 「つまり、連絡網をまわしていない人は……」 百合が顔を上げて均を見ようとした瞬間―― 「い、いいじゃないか! そういうことはっ……!」均が早口でいった。「そんなことより、これからのことを話し合うのが大事だろ!?」 みんなが均に注目した。それぞれの顔は一様ではなかった。が、思っていることは同じだった。 均のいうことはもっともだ。しかし、それをいうタイミングが、ほんの一瞬、0.1秒ほど、早かったのだ。そのわずかな差が意味するものは―― 百合が口を開いた。 「並木くん、連絡網、まわした?」 「ま、まわしたよ……」 均の顔には汗がにじんでいた。 「なら……」 百合がいおうとした時、英代がソフトをほおばりながら口をはさんだ。 「まあ、いいじゃない。均の言う通り、これからが大事なんだから」 裕子がいった。「そうよ。こうなったのも全部、ネコミミ女王のせいなんだから」 「確かに……」百合も納得したようだ。 「ほっ……」均はひそかに息をついた。 「そう!」久恵が声をあげた。「私たちだけでも連絡を取り合って、協力していかないとね! ネコミミ女王のいやがらせに負けないように!!」 「賛成!!」英代はおかわりしたソフトを食べながらいった。 「ちょっと! 英代っ……!」裕子が突然、血相を変えた。「あんた、さっきからアイス、いくつ食べてるの……!?」 「な、なに、人が食べるアイスの数、気にしてるのよ……」 「それ5つ目!? 6つ目!?」 「そ、そんなもんかな……」 「たまにマックに来ると、よく食べるなって思ってたけど……。なによ、その量! ふたり分!? 妊娠でもしてんの!?」 「えっ……!」なぜか均が反応した。 「あんた、そんな食べ方してたら、絶対、100%、将来、病気になるよ……!」 「そ、そうかな……」 「いやよ、私……。糖尿病で通院してくるあんたに薬を渡したりするの……」 「ちがうっ……! 今日は、たまたまでっ! 久しぶりにみんなに会えたから! 運動します! これから運動しますからっ!!」 英代だって毎日ソフトクリームを6つも食べているわけではない。たまたま、久しぶりにみんなと集まれたから、リミッターを外しただけだった。 百合と久恵がいった。 「こんな短時間でアイスを6つも食べれる人、はじめて見た……」 「運動部でもないのに食べすぎかもね。病気はわからないけど絶対、太るわ」 「うぉっ!?」 英代は、涼しい店内でいやな汗をかいた。 なぜか、みんなの前で、たくさん運動することを誓うことになった。 その日の午後―― 英代は、ネコミミフードで簡単な昼食を済ますと、自転車でNPO法人雲ヶ丘ガーディアンの拠点にきた。 拠点には、国会議員になった代表の杏樹羅が久しぶりにきていた。 会議室で英代は、杏樹羅に向かって中学校が廃校させられたことやネコミミ女王への怒りをぶちまけた。 「と、いうわけで学校が廃校になったのは女王のいやがらせなんですよ!!」 杏樹羅は、ぐったりとパイプ椅子にすわって話を聞いていた。国会議員とNPO代表、3人の子どもを持つ主婦と、三足のわらじを履くようになった杏樹羅は、かなりお疲れのようすだった。 グロッキー寸前のボクサーのような杏樹羅。その後ろから、夏恵來が肩を揉んでいた。さらに、その横には、腕や脚を揉んだりするニアがいた。 「ごめんねぇ。こんなことまでさせちゃって……」杏樹羅は力ない声でいった。「ほんと、つっかれちゃって……」 夏恵來が、熱心に肩を揉みながらいった。 「みんなの代表なんだから、みんなで支えないと!」 ニアが脚を揉みながらいった。 「人間のメンテナンスの仕方はよくわかりませんので、あとでテキストを取り寄せましょう」 ちなみに、英代は、スタッフのだれかが持ってきてくれたルームウォーカーの上で走っていた。会議室はエアコンが効いて涼しいが、じんわりといい汗が出てきたところだ。 「ほかの学校を調べてみても、廃校になったところなんてないんです! 完全にいやがらせですよ! まったく、ひどい話でしょう!!」 「あー、そこそこっ! うー、きくぅー……」 肩を揉まれている杏樹羅が声をあげた。 「肩がガッチガチですよ!」夏恵來がおどろいたようにいった。 「急に忙しくなって、お子さんたちは何かおっしゃっていますか」ニアがたずねた。 「お義母さんが見てくれているけど……。もう、母親はいなくなったと思って、諦めてもらっているわ……」杏樹羅が痛みに顔をしかめながらいった。 「まったく、ひどいものでしょう!?」 「そうね。財政再建や教育改革のために学校を統廃合するなんて聞いてないし……。この問題も、国会で取り上げましょう」 「お願いします! このままじゃ、中学校を卒業できませんよ!」 「それはないと思うけど……。そんなに勉強したかったら、この拠点で勉強したらいいじゃない。ほかの子たちもつれてきて」 「はあ……」杏樹羅の提案に、英代は戸惑いながらこたえた。「でも、私、漫画家のドラゴン・ピーチ先生がやってる進学塾に通おうと思ってるんですよ。今すごく人気らしくって」 「進学塾? 月謝も高いんじゃないの? 必ず行けるとも限らないんでしょ。ここなら場所はあるし、いつでも大人がいるからいいじゃない」 「そうですねぇ……。じゃあ、塾に行けなかった時はこっちで勉強しようと思います。夏休みが終わったら!」 「明日からでもいいんじゃない? ここならエアコンもあるし。快適でしょ?」 「……」 「ね?」 「はい……。勉強したいのは山々なんですが……。今は夏休み中なので、友だちと遊ぶ約束をしちゃってるんですよ。ちょっと、時間がないかなぁ……」 夏恵來が口をはさんだ。「遊ぶなら勉強が終わったあとにでも、近くの浜辺に行けばいいよ。あそこ、人も少なくてキレイだし。何て言ったっけ、あの浜辺。宝石みたいな名前……」 「真珠海岸ですか……」 「そう! それそれ」 拠点の近くにある真珠海岸は、左手側を不忘岬に、右手側を岩礁に囲まれて、波の穏やかな、泳ぐにはもってこいの浜辺だった。市民しか入れない決まりがあり、交通の便も悪いこともあって、夏場でもほとんど人はいなかった。 たまに、地元の家族連れが、小さな子どもを浜辺で遊ばせているところを見かける。だから、たぶん、しているのだ。おしっこを。そのせいもあって、あまり若い人が遊ぶような印象はなかった。 「真珠海岸は、ちょっと……」 「そう? いいじゃん、あそこ。僕もたまに泳ぐけど」 「はぁ……」 杏樹羅がいった。「じゃあ、明日から学校の代わりに勉強できるよう、スタッフを手配しましょう。友だちも連れてきていいから」 「あぁー、いやぁー、じゅ、塾が……、いや、宿題……、うーん……。ぁがががが」 「塾に行けるようなら、それまでのつなぎでもいいじゃない。じゃ、さっそく明日からね」 「……はい」 みんなの大切な日常を奪ったネコミミ女王を絶対に許さない――英代は、そう心に誓った。 次の日から英代は、NPOの拠点で勉強をすることになった。学校のものとは、また違った勉強は、意外にも面白いものだった。特に、民主主義と人権の歴史は、これからの人生のためになった気がした。 ちなみに、勉強会には均を誘ってみたが、「夏休みに勉強するなんて、英代はどうかしちまったのか!?」と、でも言いたげな顔をされて、やんわりと断られた。 数日後―― 英代は、午前の勉強をするため拠点にやって来た。 いつもいるはずのNPOスタッフの姿が見えない。英代は会議室に向かった。 会議室では、スタッフのほぼ全員が集まって、何事かを話し合っていた。 夏恵來やニア、杏樹羅もいる。立っている人もいる。皆、いつになく真剣な顔だ。 杏樹羅の話を聞くために近づこうとすると、スタッフの後藤さんに止められた。 「英代ちゃん。今、大事な話だから……」 「大事な話なら、私にも関係あります!」 声をおさえていったつもりだったが、皆に聞こえてしまっていた。 杏樹羅が英代にいった。 「そうね。英代さんにも関係する大事な話です。ぜひ、聞いてください」 英代は、後藤が空けてくれた末席にすわった。 杏樹羅はいった。 「今、国会では、NPOの認定制度に関わる法改正を急いでいます」 「NPOの認定?」英代は、はじめて聞く話だった。 「その法案が通ってしまえば即日、私たちのNPO〈雲ヶ丘ガーディアン〉も認定を取り消されてしまう可能性があります」 夏恵來が怒りを含んだ声でいった。 「僕たちを標的にしてるんだ! 今までそんな話、まったくなかったのに……」 「なら、私たちは……」 杏樹羅は英代にたずねた。 「英代さん、外国に行ったことはある?」 「はい? 旅行なら……」 「事態が見通せるようになるまで、雲ヶ丘Gの拠点を外国に移そうっていう話をしていたのよ」 「え! 外国に行くんですか!?」 杏樹羅が決意を秘めたようにいった。 「相手がその気なら、こちらも負けられませんからね。もしもの時のためにと準備をしていてよかったわ」 夏恵來が意気込んでいった。「やりましょう! 抵抗もせずに、むざむざやられたりしませんよ!!」 「外国って、みんなで行くんですか?」 「そう。出発予定は1週間以内。シロネコも運びます」 「シロネコも!」 「英代さんにはシロネコのパイロットとして来てもらいます。しばらくの間、ご両親ともはなれて暮らすことになるけど……」 「構いません! 学校はなくなったし、長くなっても平気です!」 「さすがに、夏休みが終わるころには帰ってもらうわ。学校も編入が決まるかもしれないし」 「いいんですけど……」 「シロネコは、もしもの時のために、ね。英代さんには外国で見聞を広めてもらいたいのもあります」 「はい!」 「夏恵來さん、ご苦労だけど移設の陣頭指揮をお願いね」 「任せてください」夏恵來は胸を張った。 杏樹羅は皆に向かっていった。 「みなさん! ネコミミ女王による日本の私物化を、これ以上、だまって認めるわけにはいきません! 困難に負けず、戦っていきましょう!!」 『はい!!』 会議室にいる皆が声を揃えた。 3日後の早朝―― 英代は船の上にいた。 朝霧にけむる港を離れ、客船が動き出した。 これよりも早く、シロネコは、大きな貨物船に乗せられて港を発っていた。 さっきまでいた港が視界の中で小さくなっていった。祖国が離れていった。 英代は手にしていたスマートフォンを握りしめた。この旅のために、つい先日、両親が買ってくれたものだった。 準備で忙しかったせいで、均や友人たちには、先ほどメールで旅立ちを知らせたばかりだった。 霧のなかに消えていく祖国の地に向かって、英代はつぶやいた。 「日本の皆さん……! 私は、必ず帰ってきます……!!」 とはいえ、英代は中学生なので夏休みが終わる前には帰ってくることになっていた。 しかし、ネコミミ王国との戦いが激しさを増すにつれ、これから何が起きるかわからない。外国を転戦することになったり、ネコミミ軍に急襲されることだってあるかもしれないのだ。 英代は祖国を見つめた。 霧の向こうの空から、まぶしい朝日がのぼろうとしていた。 翌日の朝―― 英代たちNPOのメンバー乗せた客船は、隣国の〈大韓朝鮮人民共和韓国〉に着いた。 港からバスで、目的地である大韓国NPO団体の拠点に向かった。 大韓国は独立の気風が強い国柄で、ネコミミ王国の政治的な影響をほとんど受けてないという。 雲ヶ丘Gが大韓国のNPO団体を訪れるのは、ネコミミ王国に対抗するため、国を越えた連携を強めることが目的だった。 NPO団体の拠点に着いた。 バスが大きな門をくぐると、そこは見渡す限りに広がる大きな敷地になっていた。シロネコを載せたトレーラーはすでに着いていた。 バスは、大きな格納庫のような建物の前で停まった。 降り立ったメンバーを出迎えてくれたのは、現地NPO団体のハンさんという女性だった。 「ようこそ! 雲ヶ丘G皆さん! 日本の自由主義者の皆さんを心から歓迎しますよ!」 ハンは流暢な日本語でいった。 夏恵來がハン握手しながらいった。 「突然、大所帯で押しかけてしまったところを歓迎していただいて感謝しています」 「困ったときはお互いさまです。力を合わせてネコミミ王国の専横と戦っていきましょう!」 「もちろん! 戦いましょう!!」 ハンは、英代に笑みを向けながらいった。 「あなたが山本英代さんね。話は聞いてます。小さな戦士さんだって」 「いえ、私は成り行きで戦っただけで……。強いのは、あのシロネコなんです」 英代は、外に停まるトレーラーを見た。 「あんな大きな人形が動くなんて、エキサイティングね!」 ハンは、はしゃいだようにいった。 夏恵來がいった。「それにしても、ここはすごい施設ですね。うちとは大ちがいだ」 「ここは以前、軍の施設だったものが払い下げられたものです。小さいですが空港でした。前にある滑走路は、まだ使えますよ」 建物の前の広い道路は滑走路らしい。 ニアが、敷地の奥に停まる飛行機を指していった。 「では、あの飛行機も使えるのですか」 飛行機は、遠目からでも巨大さがわかる。樽のようにずんぐりとした、黒っぽい機体だった。 「あれは以前、軍の輸送機でした。もちろん、使えますよ」 「ほぉ……。大したものです」 ニアはいたく感心したらしい。 ハンはいった。 「皆さん、まずは長旅の疲れを癒やしてください。これからの対策については、そのあとにゆっくりお話しましょう」 夏恵來がこたえた。「ご好意に重ねて感謝します」 午後―― 英代は、数人のスタッフとバスで市内の繁華街にきた。時間があるうちに、手の空いているものから、簡単な観光と買い物を済ませようということだった。 ショッピング街には高いビルが建ち並び、派手な入り口が人々を誘っていた。日本よりも活気があるように見える。やたらと美男美女が目についた。 バスから降りると、英代は、スタッフのお姉さんたちと別れた。日本を発つ前から行こうと決めていた、街で一番の大きなショッピングモールに入った。 地図を頼りに、目当てのコスメショップに着いた。広い店内は、白とアイボリーを基調とした内装だ。明るく、清潔感があった。地元でも有名な専門店であるという。 母親のおみやげとして、ちょっと大人向けのコスメセットを、自分用のものと合わせて買うつもりだった。 読めない異国の文字と格闘しながら商品を選んでいると、黒いジャケットを着た男性店員が近づいていった。 「どのようなものをお探しですか?」 日本語だ。発音もいい。英代より、日本語がうまいかもしれない。さらに、俳優かアイドルか、というほど顔もスタイルも良かった。 英代はドキドキしながらこたえた。 「お、おも、おみやげを……。コスメセットを……」 イケメンの店員は、慣れた手つきで展示していた商品を取ると、 「お若いようですから、ナチュラルなものがおすすめですよ」 と、淡い色の並んだファンデーションのセットを見せてくれた。 買った。2つ買った。 英代は、レジでお金を払おうと、お気に入りの〈豚顔の財布〉をポケットから取り出した。その時、マジックテープを開こうとして財布を爆発させてしまい、小銭をぶちまけた。噴水のように舞い上がる小銭たち。 小銭は、まるで意思を持つように床を転がっていった。店中に散らばった。 英代の意識も散らばった。 飛び散った英代の意識――そのひとつは、東アジアを飛び越えて、今、ブラジルに着いた。カーニバルだ。みんな楽しそうに踊っている。自分もいつか必ず行こう―― そう思った時だった。 イケメン店員が舞うような動きで、床に散らばった小銭を拾い集めてくれた。 「お、おおぉ……おおおおぉぉっ……」 うろたえる英代を尻目に、店の奥から、ほかのイケメン店員たちがあらわれた。皆でお金を拾ってくれた。 ひとりだったイケメンは5人に増えた。 「どうぞ」と、イケメン店員Aは、ほほ笑みながら小銭を英代に手渡してくれた。 「おおぉっ……! ご、ごっつぁんです……」 英代は、めまいを覚えながらいった。 待ち合わせ場所にもどる途中。 同じく買い物にきていたスタッフの松浦さんと、はち合わせた。 「英代ちゃん……」 「松浦さん……」 松浦は、ぼんやりとした表情を向けた。両脇には、やたらと大きな四角い箱の入った紙袋をさげている。 松浦はいった。 「すごかったね……」 「すごかったです……」 「また来ようね……」 「はい……」 その夜、英代は、慣れない寝床で冴えた頭を働かせていると、突然、天啓をえた。 「このままでは日本人男性は絶滅することになる……!」 予感というには、あまりにも強い。それは確信だった。 《自分が何とかしなくては……》 その日から、この思いは終生、英代のライフワークのテーマとなった。 英代が大韓国に旅立ったことを知らせるメールが届いた。 その次の日のことだ。 朝、均は、新聞社を名のる電話を受けた。取材の依頼という。断るつもりだったが、ぜひにと請われ、取材を受けることにした。 しばらくすると黒い車が家の前で停まった。 車から降りたのは、ふたりの女性記者だった。そろえたように黒いスーツを着ている。頭の上には大きな獣の耳。ネコミミ族だ。 近ごろ、ネコミミ族の社会進出は目覚ましいものがあった。総理兼国王もネコミミなのだから当然だ。 居合わせた均の母は、戸惑いながら名刺を受け取った。 均は、何となく居心地の悪さを感じたが、記者に促されるまま車に乗り込んだ。 均を乗せた車は、高速を乗り継いで1時間ほど走った。 着いたのは総理官邸だった。厳重に警備された門をくぐって、車は官邸に入った。 「あのぉ……。これはどういう……」 不安を覚える均に、ネコミミ記者は落ち着いた声でいった。 「取材の前に、会っていただきたい御方がいます」 車は、官邸の地下に入り、地下の駐車場で停まった。 案内されながら、エレベーターで最上階にまで昇った。 絨毯の敷かれた廊下を進む。 突き当たりの扉が開かれた。 部屋には、大きな机と椅子に身を埋めるようにしたネコミミ女王がいた。 「ポチ、お久しぶりね」 女王は涼しげな声でいった。 「女王! 何だよこれ!? 取材だって聞いたのに……!」 女王は均に近づいて、 「そのことも含めて、あなたに謝りたかったのよ」と、軽く腰を折った。 「私のせいで、あなたにいろいろと嫌な思いをさせてしまったでしょう?」 「い、いや、それは……」 「あと、無理やり学友にしようとしたり、ついカッとなって怒鳴ってしまったり。ごめんなさい。私のこと許してもらえるかしら……」 「うん……。もういいよ……」 女王がすすめるソファーに均は腰を掛けた。 女王はとなりに座るといった。 「久しぶりに、あなたとお話しがしたいなって思っていたのよ」 すぐに秘書がやってきて、テーブルにケーキと紅茶が運ばれた。 「本当は、もっと早くあなたに謝りたかったのだけど……。どうしても仕事が忙しくって」 女王は、均にケーキをすすめた。 「女王が日本の総理……っていうか、国王になっちまうなんてな」 「世間ではいろいろ言われるけど、ネコミミ族と日本人の未来のために、がんばっていこうと思っているわ」 ふいに、女王は目を伏せた。 「今日まで、あなたにどうしたら許してもらえるか、ずっと考えていたの……」 「そんなの……」 「女王の執務に、日本国王の仕事まで重なって、とんでもないほど忙しいんだけど、取材ってことなら、あなたと一緒にいられると思ったのよ。でね、これから日帰りで小旅行に行かない? リゾート地のオキナワってところで、一緒に遊んだり、ゆっくりお話しできたらいいなって」 「え! 沖縄!?」 「嫌だった? 突然すぎるものね……」 「い、いや……」 均は、毎年、両親と沖縄に行っていた。去年からダイビングをやるようになり、この夏も行けることを楽しみにしていた。しかし、今年は、父の仕事が忙しいために行けないでいた。 「オキナワで、ポチとダイビングやパラセーリングなんかして、仲直りできたらなって――」 「ダイビングも!」 「そう! ダイビング好き?」 「うん。1回だけ、親と旅行したとき、やったことがあるんだ」 「行きましょうよ! パラセーリングも楽しいっていうわ」 「パラセーリングはいいよ……。こわいから……」 「そう。じゃあ、ダイビングね。はやく行って、たくさん遊びましょう。私の専用飛行艇なら、30分ほどで着くから」 均は、総理官邸の屋上に停まる、まっ赤な飛行艇に乗り込んだ。ふたりは空路、沖縄へ向かった。 均と女王は、沖縄の透明な海でひとしきりダイビングを楽しんだ。 そのあと貸し切りのホテルで休憩した。 「いやぁ、楽しかった! こんなに長いこともぐったのは初めてだ。だんだん、馴れてきたな」 「よかったわ。楽しんでもらえて」 女王は、優雅なしぐさでドリンクのストローを吸った。 時刻は午後4時―― 南国の太陽は、まだまだ眩しい。 「楽しかったけど、そろそろ帰らなくちゃな。親に何も言ってなかったから。ありがとうな。女王って、もっと怖い人かと思ってた」 「ふふ……。この前のことは、私が悪かったのよ。地球人の作法もわからなかったから。これからも、日本ではじめての友だちでいてくれる?」 「もちろんだよ」 均は、手にしていたグラスのオレンジジュースを一気に飲んだ。女王がドリンクを飲み終わるのを待ってからいった。 「じゃあ、そろそろ帰るか。女王も帰るんだろ?」 女王は、太陽が沈むはずの方角を向いた。ぼんやりと外をながめている。 女王はいった。「そんなに楽しかったのなら、もっといればいいのに……」 「そういうわけには……。ふぁあぁぁ……」均は、ふいに大きなあくびをした。「急に眠くなってきたな……。たくさん遊んだから……」 「眠い? まだ日は高いから、お昼寝するぐらいの時間はあるわよ」 「そ、そう……だ、な……」 「ご両親には私から言っておくから――」 ――ドン! と、音をたてて、均は顔からテーブルにうつ伏した。 気絶したように眠る均。 女王は、何事もなかったかのように夏の景色をながめた。 数分後、ネコミミ家臣が配下を連れてあらわれた。 女王はいった。「寝室に運びなさい」 「はっ」家臣はうやうやしく頭を下げた。 「私はネコミミ☆ジャパン王としての執務がある。いったん東京に戻るが、ポチには『両親にきちんと連絡を入れた』と、言っておけ」 白衣を着たネコミミのドクターがいった。 「明日の午前8時まで目が覚めないよう、投薬量を調節いたしました」 「うむ。計画の実行は1週間後だ。それまで、どんな手を使っても、ポチをこの地に引きとどめろ。麻酔銃を使ってもかまわん」 「うけたまわりました」 立ち上がった女王は、眠っているポチ(均)のほほに手を添えた。 「この日が来るのをどれほど待ちわびたか……。やはり、これは宇宙の定めなのだ……」 ポチのほほをゆっくりとなでた。 均が沖縄の来てから3日が過ぎていた。 その日も、均は、朝からダイビングを楽しんだ。 内心、そろそろ家に帰りたいのだが、それをいうと女王配下のネコミミたちに「女王が戻るまで、ぜひ、いてもらいたい」などと懇願された。 せめて、夜になったら両親に連絡をいれようと思うが、夕食の前後になると、いつも極端に眠くなった。気づけば、部屋のベッドで朝になっていた。 その日の夕刻―― 女王は、日本国王としての仕事を終えて、沖縄に戻ってきた。明日から長期休暇で、一緒に遊びたいという。それはいいが、均としては、これ以上ここで世話になることに戸惑いがあった。 ホテルの最上階。沈む夕日を見ながら均と女王はディナーをとった。テーブルをはさんで向かい合うふたりの前に、次々と豪華なコース料理が運ばれた。 女王は、ワイングラスを口に近づけて香りを確かめてからいった。 「今日は楽しかった?」 「うん。ここに来てから、遊びすぎて、すごい日焼けしちゃったよ」 「ふふ。日焼け止めをちゃんと塗らないから」 女王はワインらしいものをひとくち飲んだ。「休みを取れたから、明日からは一緒にバカンスを楽しみましょうね」 「そのことなんだけど……」 均は、申し訳ない気持ちになっていった。「俺、そろそろ帰ろうと思うんだ。親に心配かけられないし……」 ――ピクッ。と、女王の頭上の耳が一瞬だけ動いた。 女王は、テーブルに音も立てずにグラスを置いた。 「……もうダイビングは飽きちゃった? なら、一緒にホエールウォッチングや海の洞窟探検なんかに行きましょう」 「それもいいけど……」 「ご両親なら心配してないわ。こちらから頻繁に連絡を入れさせているから」 「でも、これ以上お世話になるのも……」 「あら。気にしないでよ。これは、あなたへのお詫びなんだから。学校がなくなったんだから宿題もないんでしょ? なら、もっとゆっくりできるじゃない」 「うーん……。じゃあ、直接、親に連絡させてもらえるかな。久しぶりに声も聞きたいし」 「大丈夫だって言ってるのに……。まあ、いいわ。配下に言って、電話でもネットでも使わせてもらって」 「うん。ありが――」 ――ドン! ガシャッ!! 均は、ひたいから料理の並んだテーブルにうつ伏した。 柱のかげからネコミミ家臣があらわれた。長い吹き矢をもっている。 「よろしかったですか」 「助かる」 ぐったりとして運ばれていく均。女王は鋭い目付きでいった。 「計画を急ごう。予定を明日に切り上げる。その旨、関係各所に通達せよ」 家臣は感嘆の声をもらした。「おぉっ……! では、ついに……!!」 白衣姿のネコミミドクターが音もなく近づいていった。 「女王さま。ご学友の改造の件について――」 「うむ」 「ラボまで、お越しください」 女王とドクターは、ホテルの一室に作られた研究室に入った。真っ白な内装の室内は、かすかに薬品のにおいがする。 女王はソファーに腰を下ろした。 ドクターが対面に座り、書類の束をテーブルに広げて見せた。 「まずは基礎データから、ご覧ください」 女王は書類に目を落とした。細かい数字が並んでいる。 ドクターはいった。 「ご学友には、プロテインを多量に含んだ食事を摂取させております。その上で、体を使うレジャーを長時間させましたところ、全体的な筋肉量が3%増加いたしました。目標とする全身筋肉率60%に向けて、まずまずの結果と言えます」 「肉体改造は順調なようだな」 女王は満足そうにうなずいた。 「次に、ご注文の顔面整形についてです。整形のデザイン案があがりましたのでご確認ください。A、B両案がございます」 ドクターがテーブルに大きな写真を広げた。 「どれ……」 女王は写真をのぞき込んだ。それぞれ、均に似た少年の顔が写っている。しかし、一方は針のように細い目をしており、もう一方はドングリのように大きな目をしていた。 「ご説明します」ドクターはいった。「まずA案です。こちらは現在、地球で東洋人系のアイドルが流行っていることもあり、その流行を取り入れ、細目で、あごを広くとっております」 「ふむ……。思ったより悪くはないな……」 女王はA案の写真をまじまじと見た。 「B案では、オーソドックスな美的感覚を採用し、目を大きく、彫りを深くしております」 女王はメガネの奥の目を見開いた。わずかにうなずくといった。 「……うん。いいじゃないか」 「僭越ながら、女王さまはネコミミ族はめずらしい細目のタイプであられることから、B案の方が対比になって活きるのではないか、と……」 「そうだな……。B案の方がポチらしさが出ているようだ。採用しよう。ただ、これではクリクリすぎるから、もう少し目を細くてもいいだろう」 「うけたまわりました。手術の日程ですが、明日、女王さまがご学友との婚前旅行に発たれ、目的地のハワイに着いた、その日の夜を予定しております」 「頼んだぞ。ポチを、宇宙を統べる女王の、フィ……、フィ……、フィアンセに、ふさわしい男にしてやってくれ……」 女王は、ほほを赤らめた。 「お任せください」ドクターは慇懃に頭を下げた。「すべてはネコミミ族、永遠の繁栄のため……」 大韓国の拠点でも、英代は、日本にいたときと同じように勉強をしたり、体力づくりのために運動をさせられていた。 たまの楽しみといえば、空いた時間にスタッフのお姉さんたちとゲームをしたり、オフに買い物に行く予定を立てたりするぐらいだった。 深夜まで思う存分ゲームができないのはつまらないが、はやく寝るおかげで体力も精神力も充実していた。 英代が、松浦たちと次のオフの予定について話しているとニアがやってきた。シロネコの改修が終わったという。さらに、新しく追加した装備について説明をしたいという。 英代はニアと格納庫にきた。格納庫は広く、やたらと天井が高い。それでも、シロネコは頭がつきそうだ。 「どこか変わったところがありませんか。顔とか」 ニアの問いに英代は目をこらす。が、見上げても、ビルほどの高さにあるシロネコの顔はほとんど見えない。離れて見て、やっと何かが違うことに気づいた。 「あれ。目ですか」 ひたいのあたりに、両目と同じ色をした目――らしきものがあった。 「3つ目にしてみました」ニアはニヤリとした。 「よく見えるように?」 「以前からやってみたかったんですよ。〈行動予測センサー〉です」 ニアの説明によると、この第3の目に入った情報によって戦闘時、相手が次に取る行動が予測され、それがモニターに表示されるという。 「シロネコの高い処理能力と膨大な戦闘データの蓄積によって可能になりました」 ニアは誇らしげにいった。が、英代には、ロボットの目が3つになったところで大きな差があるとは思えなかった。 「要するに先読みですよね。対戦格闘ゲームとかの……」 「その通り。相手の行動を予測することは、戦闘において大きなアドバンテージを得ることなります。ただし、コンピューターの予測は必ずしも正しいとは言えないので注意してください」 「使ってみないと何とも言えませんね……」 「まぁ、そうでしょう」 ニアはタブレット端末を取り出して見せた。 「次に、シロネコの武装についてです」端末にはシロネコ背中姿が映っていた。「この背中から肩にかけて伸びているアンテナのようなもの。これは剣です」 「剣……?」 「短剣と言ったほうがいいですかね」 「鉄でも斬れる?」 「ご説明します」 ニアはつづけた。「シロネコのエンジンにあたる装置を〈月光ドライブ〉といいます。これは無制限のエネルギーを生み出す、宇宙で唯一の出力機関です。が、いままで、この巨大な出力を伝達する手段がありませんでした」 「わかりました」 「ムリしないでください。ちなみに、さらっと言ってますが、これは宇宙史に残るすごい発明なんですよ。で、今回、このエネルギーを利用するための武装モジュールを作製しました。あの剣がそうです」 「ようするに、あの剣で斬ればいいんですね」 英代は、とにかく説明を終わらせたかった。 「まだあります」ニアはつづけた。「通常、マシンドールの装甲は、刃物どころか数千度を超える高温にも耐えきるものがあります。これは装甲に施された耐熱・耐ビームコーティングのためです。英代さんは何度も戦っているから、ご存知でしょう」 「まぁ、何となくは……」 「この剣型モジュールは、その耐熱・耐ビームコーティングさえも溶かす、1万度を優に超える超高温を発します。その熱で、どのような対象でも分解し、切り裂きます」 「そんなに熱いんじゃ、自分も溶けるんじゃ……」英代は緊張した。 「いい質問です!」ニアは、むしろ目を輝かせた。「実際に高温を発するのは剣の先端だけ。それも、ごく一瞬のことです。なので、使用者を溶かすまではありません。もちろん、危険は伴いますが……」 「怖いものですね……」 「兵器とは、そういうものです」ニアは冷静な顔つきにもどった。「使用するごとに刀身は蒸発しますので使えるのは1本につき1回のみ。ちなみに、熱を発するだけなので、デザインは何でもかまいません。今回は日本刀を参考にしました。かっこいいでしょ? 日本刀」 「まぁ……、そうですかね……」 英代は、デザインには賛同できなかった。シロネコの背中から伸びる、短いタイプの日本刀は、古い映画でやくざが振るっているイメージが強かった。せめて、長い刀の方が、印象はよかったかもしれない。 「気に入りませんか? ま、形は何でもいいんですけどね……。魔法のバトンでも」 ニアは日本にきて日も浅い。日本人の心の機微まではわからなかったのだろう。 「名前はどうしましょうかね……」ニアは考えるようにしてからいった。「〈ハイ・ヒートソード〉でいいですか。ありがちですけど」 話がひと段落したころ、夏恵來がきていった。 「英代ちゃん、電話だよ。日本から」 「電話? 親ですか」 拠点はスマホが圏外なので、英代は毎日、両親にメールをしていた。 「並木さんとかいう、友だちのお父さんだって」 「え! おじさん? 何だろう……」 「何だか、すごく急いでいるみたいよ」 英代は受話器を受け取った。 「英代ちゃん!?」 受話器から聞こえたのは均の父の声にちがいなかった。 「おじさん! どうしたんですか!」 「均が行方不明なんだ! 英代ちゃんなら、何か心当たりがあるかと思って……」 「……えっ! えぇっー!?」英代は思わず声をあげた。「け、警察には行ったんですかっ!」 「もちろん! クラスメイトにも連絡したけど、みんな知らないって……! もう3日も経つんだ! 理紗も心配で倒れちゃって……」 「わかりました! こちらもできる限り情報を集めてみます! おばさんには心配しないように言ってあげてください!!」 「ありがとう……!」 英代は電話を切った。 夏恵來がいった。「並木さんって、例の女王にさらわれた同級生の?」 ニアがいった。「お父さんがネコミミと浮気したっていう?」 「はい。あの並木さんです。均が、もう3日も家に帰ってないって……!」 「まさか、また女王が……」 「どれどれ……」と、ニアは携帯端末を出して操作した。 じっと画面を見ながらいった。 「『女王が今日から長期休暇』……。ほう。珍しいですね。『側近たちの動きがやけに慌ただしい』」 「何ですか? それ……」 英代はニアの端末をのぞいた。 「内通者からのメールです。高度に暗号化されてますが」と、ニアは端末を見せてくれた。画面には「ニャア」とか「ニャン」「ンデンデ」といった文字がずらっと並んでいる。 「最重要特定機密ですので内密に」 話を聞いていた夏恵來が口を開いた。 「やっぱり、今回も女王が絡んでいるんじゃないか?」 「おっと、最新情報です」ニアは端末を見ながらいった。「なになに……。『これより女王が単身、マシンドールで保養地のハワイを目指す』『マシンドールは新開発された空戦専用の機体』『側近たちは、なぜか祝福ムード』。女王が自ら飛行試験を兼ねた休暇旅行とは……。これは異例中の異例。まさに異常事態ですね」 「女王が単身で……?」夏恵來がたずねた。 「地球に来て、はじめてのことでしょう。何か特別なことが行われるのかも……」 英代はいった。「やっぱり、均は女王に……!」 「そう見るしかないでしょう」 「でも、どうやって助けたら……。空の上で待ちかまえるわけにいかないし……」 「できるかもしれません」ニアは平然といった。 「ど、どうやって!?」 「あれです」と、ニアは格納庫の出入口を指した。そこから見えたのは、広い敷地の奥に停まる、ずんぐりとした巨大な飛行機だった。 均は、うなされていた。目が開かない。体が動かない。 やっと重いまぶたを上げる。と、数匹のネコが、均の体をロープで縛り付けているではないか。 変な夢を見てしまった、と思って目が覚めた。 均は空中にいた。建物の中だ。 おどろいて見れば、自分は座席の上にいる。夢の正体はシートベルトだった。 頭がはっきりしてきた。となりのシートにはネコミミ女王が座っていた。 「あら。ちょうどいいお目覚めね」 女王は弾んだ声でいった。 女王のシートのまわりには、細かなコンソールパネルが並んでいる。均は、ここがマシンドールのコックピットであることに気がついた。 空中にいると思ったのは、コックピットの全面に貼られたモニターが、マシンドールの胸の高さにいるように景色を映し出していたからだ。 「なに……?」寝ぼけて口がまわらない。 女王はたたみかけるようにいった。 「これからハワイよ。ダイビングもできるわ。楽しみでしょう? ご両親には言ってあるから、ポチは心配しないで」 「ハ……ハワイ……!? やめてくれっ……!!」 女王は、なぜか優しげにいった。「すぐ着くわ。あなたは座ってればいいのよ」 技術者らしいネコミミがコックピットから出ていくと、入れ替わりでネコミミ家臣があらわれた。 「女王さま。マシンドールについて、ご説明いたします」 家臣はいった。「本機は、地球の重力下においても優位な空戦を可能とした、王国初の機体です。本機を筆頭に、極地戦仕様の開発をすすめることで、この地球(ほし)の空も海も、本当の意味で女王さまのものとなることでしょう。プロトタイプではありますが、ネコミミ王国の新出発にふさわしい機体であると、開発部も自負しております」 「うむ。ここまで来れたこと、お前たちの働きあってのことと感謝しているぞ……」 「もったいないお言葉です……」家臣は大げさに頭を下げた。「われわれは別の艦でハワイに向かいます。わずかなひとときではありますが、ご学友さまと二人きりの旅をお楽しみ下さい……」 家臣が去るとコックピットのハッチが上から閉じられた。 マシンドールの足元に居並ぶ臣下らが両手を高く上げていった。 「ネコミミ王国、バンザーイ! 女王さま、バンザーイ!!」 万歳の中、マシンドールは、ゆっくりと歩いて格納庫の外に出た。雲ひとつない空は、まっ青な天井のようだ。南国の日を受けて、純白の装甲が輝いた。 「降ろしっ……!」 悲鳴のようにいう均にかまわず、女王は声をあげた。 「ニャベレイ! 出るっ!!」 一瞬、機体が激しく揺れた。次いで、舌を噛みそうなGがかかり、マシンドール〈ニャベレイ〉は、まばたきをする間にぐんぐんと空に昇った。 ジャンル別一覧
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